白い瞳に、花畑を。
愛犬ぶいが7歳の頃、左目にポツンと白い影を見つけた。かかりつけ医の獣医師は専門の眼科を紹介してくれ、夫と私はぶいを動物専門の眼科病院に連れていくことにした。
「老年性の白内障ですね。初期の初期だから、手術は特に今必要ないでしょう。」と院長の診断。
白内障……やがて私の顔も姿も見えなくなるってこと?お散歩は、、見えない犬とどう行けばいいの…やっぱり進行したら手術をした方がいいのかな。。
私の表情も夫の表情も、きっと同じように不安に満ちあふれていたのか、
「白内障ってね、老眼のようなものと考えて。例えば徐々に視力がなくなっても、犬は普通に生活ができるんですよ。」と院長先生は穏やかに説明してくれた。
ただ、それでも不安は拭えない。手術をいつすべきなのか、そもそもするのが正解なのか。
「もし手術をしようとしているなら、そのお金でワンちゃんと一緒に旅行へ行ったりすることを僕は薦めるな。あとはね、長く一緒にいれば、必ずお金は必要になるものだよ。白内障の手術にお金を使うのも決して悪くない。でもそれ以上の大病が来ないとも言い切れない。」
診察の最後に言った院長先生のこのフレーズが決定的となり、我が家は白内障と付き合いながら時間を過ごすことに決めた。
それから…私はいつか来る白内障の末期(ほとんど見えない)のため、ぶいに新たな言葉を山ほど教えることにした。
水溜まり、車、あぶない、ゆっくり、手(前肢)、草むら、等々…散歩で使うものほとんどを教え続け、ぶいは数年後全てマスターをする。
今だから思うのは、昔からよくぶいに話しかけるのが癖で、人間の友達と話すように一日中、ぶいに話しかけていた。これがおそらく、言葉を覚えるための大きなポイントだったと思う。
犬が言語を覚えるのは、シニアからでも全く遅くないと私は思う。現にぶいは100近くの新たなワードを10歳にして得た。犬ってすごい!
言葉を教える事と同時期に、夫のほうは、ぶいの動体視力を高める!とボール遊びに励んでいたため、14歳になった今も何も恐れず歩く。
そして、末期の白内障になった現在、我が家にある家具の危ない角は、座布団や毛布でバリケードのように囲うようにした。家具の位置を変えていないため、ぶいがぶつかることはほぼないけれど…。
白内障の原因は様々と言われ、一番有名なのがいわゆる紫外線。実はこれが、ぶいの白内障を誇りに思う理由となった。
今までぶいと私は、毎日毎日どのくらい歩いただろう。お日さまの下、街灯の明かり、薄暗い朝の街。
ぶいの白内障は、たくさんたくさんお散歩をした証なんだ。そう思うと、可哀想だとか悲観的に考えないで済むようになった。
けれどもやっぱり、目は見えた方が嬉しいけれど、言葉をたくさん覚えるシニア犬との暮らしも面白い。
ぶいのベッドは窓辺だ。日光浴をこよなく愛するぶいにとって、夏でもお気に入りの場所。
そこから見える花壇や、寄せ植えは、全てぶいのために春夏秋冬作っている。
見えないけれど、感じるかなあ?
昔の散歩コースにあったコスモスや、山吹、ひまわり。旅先で見たポピーやラベンダーの花畑。
毎回ぜんぶ、ぶいと私の想い出の花。ぶいは匂いでわかるのかな?解って欲しいなと願いながら、庭や寄せ植えを作る。
おばあちゃんになったぶいの白い瞳の奥で、いつかの風景がクリアに映っているはずだ、なんて私は思っている。